よもぎやの、よもやま話

この世はいいところだな♩

と言うことで、自分が幸せになれなかったのは結局自分の被害者意識が邪魔をしていたから、のお話

「私が産まれたから母は離婚ができなかった」

「私が産まれなかったら離婚して自由になれたのに」

お母さんのことが大好きな故にこんな思いを持っていた小さい頃の私。

罪悪感という被害者意識。思い切り他人軸ですね。

そしてややこしいことに、この思いに気づかない振りをする為怒りという感情で蓋をしていたんです。

「キライ」

「いっつも被害者ぶって情けない」

母親に対して怒りを持つことでバランスを取っていたとでも言いましょうか。

今回の話はこちらの続きです↓

yomogiya.hatenablog.jp

 

興味深いことにこの怒り、母親に向けてはいるけど結局自分自身に対してなんですよね(;^_^A

 

私の中の母親に対する怒りが溶けたら、現実の母が変わった。

44年間離婚したくて出来なかった母。

私と妹が成人してからも「離婚したいけど あんた達の事考えたら出来ん」

私も妹も子供の頃から一度だって止めたことはありません。

大人になって実家へ行くたびにその愚痴を何百回も聞かされてきました。

昨年に至っては「もう家を出たい」と本人が決意したので、すぐさま私がアパートを用意したところ

「やっぱり無理」「(家から)出れん」「用意するのが早すぎる」とごちゃごちゃ言い訳。アパートはお断りしました。

 

「あんた達(私と妹)のこと考えたらやっぱり無理や」のセリフに私もうんざり。

この人は一生このままなんだろな

と正直見下していました。

(ということは私が自分自身を見下していたことになるんですけどね☆あはは)

 

 

その母が、離婚した。

母を変えようと躍起になっているときは現実が拗れるばかりだったけど、自分を変えたらアッサリ母が変わった。

 

変えるのは他人ではなく、自分。

体感することは多々ありましたが今回は一番腹から納得できました。それくらい”母は変わらない”と思いこんでいたということですね。

=私自身が変わろうとしていなかったということ。鏡の法則ってやつです。

おかげでこの日から大きく私の人生が変わりました。楽に、なったんです。これまで感じたことのない空間というか世界に住んでいるような。

体も驚くほど軽くなりました。

 

ちなみに離婚が良い、ではありません。

母が、自分はこうしたい!を実行できたというのが良かったということ。親が自分の好きなように生きてくれたら、子供も自由に生きられるので。

もちろんその前に「私はこうしたいんだけどどう?」「私はこう思うよ」と話し合うことが大切ですが。

 

そこが抜けていた今回の離婚騒動。

母は自由を手に入れましたが、寂しがりの父が大変。

次回は父のお話です。

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最近、香炉を手に入れました。

すごーーーく落ち着きます。

 

蓬屋