よもぎやの、よもやま話

大分県でよもぎ蒸し屋さんをしています♪

言葉の再定義⑤ 「愛」ってさ、1種類だけだよ~

宇宙で言う愛は1つだけ

それは

「愛=感謝と尊敬」

なんですが、どうも高次元の言うこの「宇宙の愛」というのは私たち人間には到底理解が追いつかないとのこと。

3次元の物質世界にいる私たち。

言語で理解しようとする私たちにはイメージが難しいようです。

が、かろうじて表現するなら「愛とは感謝と尊敬」

 

おそらくですが、この「感謝」と「尊敬」も私たちが想像しているものはなんかまだ重いんだろうなぁと感じます。

多分心から感謝と尊敬の念が湧くのは、そうなんですよ。

自分を心から大切に出来てから

じゃなかろうかと。

 

それでも!今この段階で思いつく限りイメージする「感謝と尊敬」 

それが「愛」です。

生きている内に心から解る所へ到達したいものです。

 

ですがこれは解ります。

愛≠所有の概念

男女の愛

親子愛

隣人愛

友人愛

夫婦愛

犠牲愛

献身的な愛

などなど、これら全て宇宙で言うところのエゴ

これらの愛の薄っぺらいことこの上なし。

ちょっと上手くいかないとすぐに相手を責めます(自分を責めるのも同じことです)

 

「あなたを信じてたのに」と相手に泣きつく。

―—本当に信じていたらそんな言葉は出ません。

「ママ期待しているからね」と子供を励ます。

――期待は「私の思うとおりになってね」の支配。

これ書いていたら何千文字にもなりそうなのでやめておきますね( ´艸`)  〇〇愛、など名目が付いた愛って”狭義の愛” とーっても狭くて重いんです。ルールがいっぱいでウプウプなっちゃう。

 

 

「え?わたし、なんの見返りも求めてませんよ?」と仰る方。

現実はいかがですか?すべて望み通りで一切不満・不安がない現実ですか?

なにかしら

「自分にとって嫌な現実」

「つい愚痴が出ちゃう」

のであれば、それは愛を放ってないんです。

相手にエゴを押し付けているだけ。自分をいじめていることに気づいていないだけ。

 

でもこれも好きか嫌いかなんですよね。

そういう人の相手はちゃんと対になっていて

「エゴを受け取るのが好きな人」が寄ってくるので

本当に宇宙って上手くできてる。

で、蔭でお互い文句言ってる( ´艸`)

 

双方はもちろん、どちらかが我慢したり犠牲になっている関係はエラー。

 

それって本当に自分が望んだ現実ですか?

私は一回目の結婚でのDV生活を”当たり前”だと思っていました。

自分が放っているのは愛だと思い込んでいました。

実際はお互いがエゴを押し付けることによって、お互いのエネルギーを奪い合っていただけ。

自分の人生は自作自演を前提に言うと、その現実が好きだったということ。

わざわざ不幸な現実を、舞台を、シナリオを選んでたんです。

いろー-んなものを犠牲にして。

 

愛=感謝と尊敬

犠牲や我慢や不平不満が生じるのは愛ではありません。

束縛や支配も。

 

蓬屋

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新しいホームページ制作を機にプロフィール写真も変更することにしました。山の中なのでロケ地要らずです(*Ü*)10月までには新ホームページお披露目したいなぁ。。。